ターシャのことば [心のこと。思うこと。]
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わたしはロマンチストです。
ロマンチストのわたし、そして実際家のわたし。過去にふたりは角突きあわせることもありましたが、年月をかけて仲よくさせて今日まできました。自分がロマンチストであると潔く認めると、人生は輝かしいところ。心が解き放たれて、深い歓びを知ることができます。ロマンチストであることは、この世を最大限に楽しめることのようです。
人に愛される自分、人生そのものに愛される自分になるためには、まず自分から愛すること−−です。
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『恋をするターシャ』(メディアファクトリー)のことばです。
私も最近、こんなことを感じました。
最近、Bフレッツのオンデマンドにしたので、色んな映像が配信されてきます。その中で、赤毛のアンとウルトラマンを見てみました。アンもウルトラマンもアニメでは始めてでした。アンの小さい頃の純粋でいてとびきりロマンチストな所は、思わず笑っちゃうけど、アンの心模様にはとても心がじわわんとしちゃいます。ウルトラマンは紙で作ったようなジェット機がひもで吊られて飛んでたりして、内容のシュールさにも笑えました。今の感覚でいったら想像力を思い切り働かせないと、わくわくどきどきできません!
そこで、ふとこんなことを思いました。日々、リアルな映像を見ている今の子供たちがこのウルトラマンを見たら、わくわくするのかな。。。アンのこの心の動きはどう感じるのかな。。。なんて。
アンのように頭の中で心の中で無限の幸せを創造していけることの素晴らしさは、色んなことが起こる人生を生きていくにはとても大きなアイテム☆
子供には現実をわからせてあげようと、強い子になってもらおうと、あかんぼの時から強くしつけることより、真っ白なキャンバスには楽しい夢の色や弱くても優しい心の色を一番最初に塗ってあげたいな。と、そんなことを思ってみました。
最期のメッセージ [心のこと。思うこと。]
8月のお盆が終わった頃、私の大好きなおじちゃんが他界した。お向かいに住んでるディズニー仲間であり、私のピアノの先生だった夏代ちゃんのお父さん。いつもいつも、にこにこしていたおじちゃん。植物を愛でて、80歳になっても中国行ったり、詩吟を楽しんだりと、毎日をとても楽しんでいた。天命つきるぎりぎりまで、元気いっぱいだった。腹水がいきなりたまり、病院に行ったら、その腹水に末期のがん細胞があると言われて、1ヶ月でこの世を去った。もう長くないと言われたときおじちゃんは、延命を断りその時が来るまで、静かに楽しく過ごしたいと希望した。その希望通り、おじちゃんは最期まで心豊かに残された時間を楽しみ味わったんじゃないかなと思う。愛犬そっくりのぬいぐるみを置いてはお見舞いにくる人や看護婦さんを驚かせて楽しんだり、ぷっくり膨らんだお腹をぽんぽこ狸とおどけてみせたり。意識がなくなってからも、うわごとで、たけのこが〜って言ってたりもしたらしく、最後にたけのこ掘りの夢でもみていたのかもしれない。看護婦さんたちにも人気で、夏代ちゃんはお見舞いを終えては、今日のおじちゃんはこんなにおかしかったんだよっ、と話してくれて、ママと3人で笑った。
うちと夏代ちゃんちの不思議なご縁があって、それは夏代ちゃんのお母さんと夏代ちゃんちの愛犬デリちゃんとうちの愛犬レオちゃんが同じ命日ということ。夏代ちゃんのおばちゃんとデリちゃんが同じというだけでもすごいのに、うちのレオちゃんまで。それはちょうどお彼岸の頃で、おじちゃんが逝ったのはお盆だったけど、絶対、おばちゃん、デリちゃん、レオちゃんに迎えにきてもらったよね、ってみんなで話した。
大往生で大きな苦しみも心の乱れも見せず、最期に笑いを残して逝ったおじちゃん。
人は死ぬことで、まわりの人に最後に一番大きなメッセージを残すものかもしれないな、って思う。体の痛みに苦しんで逝った人はまわりの人に「体を大事にしなさい」という、とても大事なメッセージを。悔いを残して逝った人は「悔やむ事無く、思い切り人生を楽しみなさい」というメッセージを。おじちゃんが教えてくれたことは、「死に恐怖なし。悲しみなし。」だった。
人はそれぞれいろんなお役目があるけれど、自分の最期もそんな風がいいなって思った。そして、人生もそんな感じでありたいなって思う。






